研究部会「折り紙工学の数理」上
Origami Tech and Math
川崎英文
1.日本応用数理学会
昨年、日本応用数理学会に研究部会「折り紙工学の数理」が発足しました。日本応用数理学会とは数学の応用や工学等の分野で、計算機や数学が好きな人達が集まって1990年に発足した学会であると、筆者は勝手に思っています。米国の学会SIAM(サイアム、Society for Industrial and Applied Mathematics)を目標に設立されたため、JSIAM(ジャパンサイアム)とよばれています。詳しくはホームページ
http://wwsoc.nii.ac.jp/jsiamw/をご覧下さい。
2.折り紙工学の数理
2003年、学会内に折り紙工学に関する研究を組織立ててやろうではないかという話が東京工業大学の萩原一郎氏を中心に持ち上がり、弟,川崎敏和の指導のもと、九州大学で教養科目「折り紙の数理」を担当してきた筆者も研究部会の設立に関わり合うことになりました。部会の趣旨は次のとおりです。「日本語の折り紙はOri-gamiとして、今や国際語となっている。これはアートやホビーとしての地位を確保しつつあることを意味している。しかし、未だに工業の応用は殆ど見られない。昨今、京都大学航空宇宙工学専攻の研究者により、これまでの平面折に対し、円筒折りの一般化が得られたことにより、俄に工学への応用も現実味を帯びることとなった。そこで、ここに「折り紙工学の数理」研究部会を立ち上げ新しい数理の構築を目指す。」
そして、最初の研究集会が2003年3月20日に東京工業大学の大岡山キャンパスで開かれ、野島武敏氏、宮崎興二氏、川崎敏和に加えて、海外からの飛び入り講演がありました。
3.日本応用数理学会年会
部会の活動第二弾が2003年秋に京都大学で開催された日本応用数理学会年会におけるセッション「折り紙の数理と工学」です。15分から30分の講演が全部で9件あり、聴衆は40名程度と盛況でした。学会事務局の方も来場されるなど、皆さん興味津々と言った面持ちで耳を傾けておられました。折り紙、工学、数学の結びつきが新鮮な驚きを持って迎えられたように思われます。講演者と講演題目は次の通りです。
企画と司会:萩原一郎(東工大)
◆ 野島武敏(京大):数理折紙による
構造モデル(折紙工学の提案)
◆ ケ莉(東工大、日本総研)、山本千尋(富士重工)、萩原一郎(東工大):数理折紙構造の今後
◆ 宮崎興二(京大):ケルビンの立体の4次元版を作る
◆ 平田浩一(愛媛大):多面体と立体折り紙
◆ 東秀明:Some Mathematical Observation on Flat Conditions of Origami
◆ 名取通弘(宇宙科学研):宇宙構造物工学と折り紙
◆ 野島武敏(京大):生物に見られる螺旋模様を模した折り畳み型折り紙モデル
◆ 陶キン、金子智徳、萩原一郎(東
工大):折紙部材の圧潰解析
◆ 高嶋直昭:3角形と4面体との相互変換
これらを全部解説するのは大変なので、今回は本誌にぴったりの平田氏の発表に的を絞って解説したいと思います。また、この研究で使われている動的計画法は、著者の本業である最適化の分野でよく知られた手法であるという点も平田氏を選んだ理由の1つです。有り難いことに、平田氏はホームページ上に資料を公開しておられます。http://www.ed.ehime-u.ac.jp/ 詳しいことを知りたい方はこれを参考にして下さい。筆者のこの記事も平田氏の講演と論文、LubiwとO’Rourkeの論文を基にしています。
4.Latin Cross
まず、図1をご覧下さい。
図1
「図1の用紙から作られる立体は何か?」と問われれば、小学生でも答えは分かります。それは立方体です。ところが、「どのように折り線をつけてもよければ、それ以外に幾つも答えがある。」という事をLubiwとO’Rourkeが初めて指摘しました。さらに平田氏は全ての凸多面体を列挙しました。
図2が答えの1つです。
図2
実際に折ってみれば分かるように、図2から出来上がる図形は四面体です。
図3
(A、C等は図4を参照)しかし、折ってみなくとも、図2に一工夫を加えれば、四面体のおおよその形は分かります。それが図4で、高嶋直昭氏の発表にヒントを得て作図してみました。
図4
図4において、実線は折り線を表し、同じ濃さの図形(例えば、Aとa)は最終的に同一の面を構成します。三角形Dはそれ1つで四面体の1つの面になり、A+aでDと合同な三角形の面を構成します。B+bは別の三角形を構成し、残りの4つの図形が合わさって、B+bと合同な三角形を構成します。
これ以外にも、図5から五面体、図6から八面体ができあがります。
図5
図6
二人は展開図として17通り、凸多面体(つぶれて平坦になったものも含む)は合同なものを除くと5種類あることを示しました。
5.LubiwとO’Rourkeの考え方
図7
二人は先ず折り紙の周囲に図7の14本の辺(edge) e1、…、e14 を用意し、それらを貼り合わせる方法を数え上げればよいと考えました。
こう書くと、「それはそうだろう。」と思う人もいるかと思いますが、これは決して自明なアイディアではありません。言うまでもなく、折り紙では折り線が主役です。折り線をつける為に一時的に2つの辺を合わせることは標準的であっても、仕上がりの作品において合わせる辺の組み合わせを最初に考えることはめったにないと思います。
二人は貼り合わせる辺の組み合わせを決定した後、実際に折ることにより折り線を確定させました。
そこで問題になるのは辺の組を効率よく決める方法です。例えば、図8で最初にe8とe13を貼り合わせることを決めたとします。
図8
すると次はe8とe13で分離される2つのグループ {e14、e1、e2、…、e7} と {e9、e10、e11、e12} のぞれぞれで辺の組み合わせを決めればよいことになります。もし、違うグループに属する2辺、例えば e5とe11 を貼り合わせようとすると、紙の帯で作った輪を2つ繋いだような形になってしまい、凸多面体ではなくなります。
さて、2つの部分問題は当初の問題より辺の数が少ないので解き易いはずです。それぞれのグループ内で新たなの辺のペアーを決めれば、さらに小さなサイズの2つの部分問題が得られます。この作業を繰り返すと、全ての辺の貼り合わせ相手が決まります。
ところが、最初の2辺の組み合わせや部分問題における最初の2辺の組み合わせによっては、先々行き詰まってしまうことがあります。それは次の2つの場合です。
@ 部分問題の辺の数が奇数である。
A 1つの頂点の周りに集まる面の内角の和が360度を超える.
@は明らかです。奇数本の辺の間でペアーを作ろうとすると、辺が1本余ってしまいます。
Aについては、例えば立方体では、1つの頂点の周りに正方形が3つ集まっているので内角の和は90度の3倍、
270度になります。しかし、もし1つの頂点の周りに正方形の角が5つ以上集まると、内角の和は360度を超えてしまいます。従って、その頂点は窪み、凸多面体にはなりません(図9)。
図9
つまり,新しい辺のペアーが決まる度に、その辺の両端の頂点に集まる面の数が増え、その結果、面の内角の和も増えます。そこで、貼り合わせる頂点のペアー毎に,増加する内角の和を覚えておき、それが360度を超えると、その辺の組み合わせは放棄します。
@Aのふるいをかけることにより、見込みが全くない辺のペアーを次々に排除することができます。これは動的計画法、分枝限定法の基本的な考え方です。二人はこの手法により、辺をe1、…、e14と設定したとき、展開図として17通り、凸多面体は5種類あることを示しました。
6.平田氏による精密化
平田氏は、図10のように辺をもっと細かく分割すれば、さらに多くの凸多面体を作ることが出来ることを示し、また、いくら細かく分割しても展開図は85通り、凸多面体は23通りしかないことを明らかにしました。
図10
平田氏はLatin Cross以外にも、星型、凸型、凹型などの様々な多角形について同様の考察をおこなっています。特に、正方形について詳しく、正方形から無限個の凸多面体を作ることができることを示しました。
平田氏のお話によれば、用紙の形が変わっても、辺の組み合わせの列挙は計算機でできますが、実際に多面体を構成する作業は計算機では実現できていないそうです。
また、手作業で多面体を作ってみても、それが何面体なのかが見ただけでは分かり難い場合もあります。例えば、図11のような空間内の四辺形ABCDが平坦なのか、それともBDに折り目がついているのかは計算してみなければ判定できません。その為には、頂点A、Cの空間座標を求めたのち、空間内でのACの直線距離と元の用紙における2点間の距離を比べるのがうまい手です。等しければ平坦で、空間内の直線距離の方が短ければ折り目がついています。(これは私のゼミの4年生、大野絵理子さんが気付きました。因みに、筆者が思いついたのは、ベクトルを用いる方法でした。)
図11
平田氏は愛媛大学教育学部で研究を行っておられますが,さまざまなレベルの教育でこの題材を生かしておられると伺いました。一層詳しい解説は平田氏にお願いするのがよいかと思われます.
参考文献
[1] 平田浩一「展開図と多面体」愛媛県高等学校教育研究会数学部会誌, 40, 14—18 (1999).
[2] A. Lubiw and J. O’Rourke, “When can a polygon fold to a polytope?”,
Technical Report 048, Dept. Comput. Sci.,
[3] J. O’Rourke, Folding and Unfolding in
Computational Geometry, Proc.